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パワハラと指導の線引きに関する裁判例

業務上許容される指導や叱責等とパワハラの線引きは大変難しい問題です。やり過ぎればパワハラと評価されてしまう一方で,それを恐れる余り萎縮してしまい,指導等の実効性が損なわれてしまうというジレンマがあるからです。特に,昨今では,パワハラが重大な社会問題として認識されていますので,業務上の指示・注意・叱責等をしなければならない経営者や管理職の方にとっては,セーフかアウトかのラインは是非とも知っておきたいところかと思います。

この線引きの問題については,今般厚労省により公表された,改正労働施策総合推進法上の雇用主のパワハラ防止に関する措置義務に関する指針(以下「指針」)にも詳細に記載されていますが,裁判所の考え方としても,パワハラに当たるかどうかは,様々な要素を総合的に考慮して判断されるべきという点で,基本的に同じであると考えられます。

本稿では,上司等の言動が,パワハラとして,損害賠償請求を受ける原因となる不法行為に当たるかどうかについての一般論を示しており,特に線引きが難しい精神的な攻撃の類型に属するパワハラについて判断している裁判例(N社事件・東京地方裁判所平成26年8月13日判決)について解説します。

事案の概要

Xは,求人情報サイト上のY社の求人広告(有期雇用契約,いわゆる契約社員)を見て,コピー・製本業務の求人であると考え,この求人広告に応募しました。第一次面接の際,Xは,Y社から作成を求められたエントリーシートに,WordやExcelの入力及び印刷の経験があることに加え,デザインソフトの使用経験もある旨記載しました。ただし,口頭で,デザインソフトの使用については10年ほどのブランクがある旨説明しました。第二次面接では,Xは,Y社の担当者から,10年ほどのブランクがあるものの,デザインソフトの使用経験があること等を確認された上,コピー・製本業務か,デザイン業務のどちらかに従事してもらうことになると説明されました。

Xは,Y社に採用されることとなり,採用決定通知書には,仕事の内容としてコピー・製本業務と記載されていました。ところが,労働契約書には,主たる職務としてデザイン業務と明記されていました。これは,Y社が採用決定通知書にもデザイン業務と記載すべきところを誤って記載してしまったことによるものであり,Xは,話が違うのではないか,と思ったものの,労働契約の締結をやめることはしませんでした。

Xは,上司からスキルチェックを受け,デザイン業務をできるかと聞かれたところできない旨回答し,その後,コピー・製本業務に従事することになりました。Xは,一度も契約の更新がなく,雇止めを受けました。

Xは,Y社に在職中,次のとおり上司らからパワハラ的言動をとられたこと等を理由に,Y社に対し,不法行為の使用者責任に基づく損害賠償請求をしました。

 Xの主張するパワハラ的言動

①スキルチェックを受け,デザイン業務をできない旨回答したところ,「前向きではない。頑張りますなどと言いなさい」などと叱責された。

②デザイン業務に従事するために書籍を購入するなどしたが「もうデザイン業務はやらなくていい」と言われた。  

③コピー・製本業務に従事し,問題なくこなしていたが,「あなたの受け入れ先はどこにもない。●月●日付で更新はしない。いつ辞めてもよい」と言われた。  

④「Xさんてオツムの弱い人かと思った」とか,「ロボットみたいな動きでぎくしゃくしている」などと馬鹿にしたような口調で言われた。

⑤「指示されたこと以外はするな」と言われる一方で「いい加減に人に頼らないで仕事覚えてよ」などと言われた。

裁判所の判断

裁判所は,パワハラに関する争点について,不法行為が成立し,損害賠償請求権が認められるかどうかについて,一般論として次のとおり判示しました。

そもそも,パワハラについては,上記第2の1(「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」,カッコ内は筆者が記載)のとおり,一応の定義付けがなされ,行為の類型化が図られているものの,極めて抽象的な概念であり,これが不法行為を構成するためには,質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。具体的にはパワハラを行ったとされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮の上,企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が,職務を遂行する過程において,部下に対して,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし客観的な見地からみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為をしたと評価される場合に限り,被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。

その上で,

そもそも,原告がパワハラを受けたと主張する時期や前後の経緯などは明確でなく,そもそも,原告の主張するところをもって,民法上の不法行為が成立しうるものといえるのか疑問であるし,

とした上で,Xが主張したパワハラ的言動のうち,①と②については認定したものの,③から⑤までについては,Y社の社員がそのような言動をとったことはないと否定しており,Xの供述以外に客観的な証拠もないことから,Yに不法行為責任が生じるようなY社員のパワハラの存在を認めることはできないとして,Xの請求を棄却しました。

解説

定義はあまり重要でない?

本裁判例は,パワハラを「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しています。

これに対し,指針で定める定義ともほとんど同じものであり,裁判所の考え方として,パワハラの定義が大きく変ることは今後ないと思われます。  

もっとも,本裁判例が指摘しているとおり,パワハラの定義は極めて抽象的であり,さらに,これが不法行為となるかどうかは,様々な事情を総合考慮する必要があるため,損害賠償請求権が発生するかどうかという結論を導くにあたり,定義がそれ自体重要な意味をもつわけではないとも考えられます。

総合考慮という考え方

この総合考慮というのは,結局のところケースバイケース,ということになるのですが,事案ごとに様々な事情を天秤に載せていって,パワハラと認定される方向と,認定されない(適正な業務上の指導等と認められる)方向のいずれに傾くか,とイメージしていただくと分かりやすいかと思います。このような観点から,本裁判例が挙げた事情についてもう少し具体的に考察し,どのような事情がどちらの方向に考慮されるかを整理すると,次のとおりになるかと思われます。

上記の表以外にも考慮すべき事情(分銅の種類)があり得ること,各事情が結論に影響を及ぼす程度(分銅の重さ)は事案に応じて評価すべきことについて,ご留意下さい。

パワハラが否定される事情パワハラが肯定される事情
人間関係パワハラとされる言動があった時点で良好だったパワハラとされる言動があった時点で悪化していた
動機・目的業務上の指示や指導といった動機・目的憂さ晴らしや嫌がらせ等の動機・目的
時間短時間,一回限りなど長時間,継続的,頻繁
場所他の社員から離れた別室等他の社員の面前以外
他の社員の面前
態様等右のような事情がないこと行為のみならず人格を否定・するような言動,大声,物に当たるなど

本裁判例の位置付け

本裁判例では,Xが主張した言動のうち,①と②しか認定されていませんが,「そもそも,原告の主張するところをもって,民法上の不法行為が成立しうるものといえるのかどうか疑問である」としていることから,仮に①~⑤の全てが認定されたとしても,不法行為は成立しないとも考えられます。ただ,「原告がパワハラを受けたと主張する時期や前後の経緯などは明確でなく」としているとおり,パワハラを肯定する方向にはたらく前後の経緯などが詳細に主張されていれば,不法行為が成立するといえたかもしれません。

 いずれにしても,Xの主張した言動のうち,①,②については認定した上で,不法行為の成立を否定しいることから,スキル不足の部下に対する叱責,指導の限界として,参考になると思われます。

まとめ

以上のとおり,パワハラが不法行為となるかどうかは,様々な事情を総合考慮して判断されることであるため,一概に線引きをすることは不可能といってよいと思われます。ただし,部下に問題行動があり,これを是正すべきといった業務上の必要性がある以上,注意や指導に際し,過度にパワハラ該当性を恐れる必要はないといってよいでしょう。

なお,本裁判例の判断は,民法上の不法行為が成立するかどうかという責任のレベルの問題です。このパワハラの責任のレベルについては,別稿「パワハラの法的な責任とそのレベル」をお読みいただければと思いますが,民法上の不法行為に該当しないレベルのパワハラであっても,企業秩序違反と評価すべき場合は十分あり得ます。そのようなケースでは,改正労働施策総合推進法上の事業主の措置義務として,行為者に対し,懲戒等のペナルティを課す等するとともに,被害者へのケアをするといった対応が必要となることには留意すべきでしょう。

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