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パワハラ防止法施行・線引きによるパワハラ助長の懸念を考察

改正労働施策総合推進法,いわゆるパワハラ防止法が6月1日に施行され,まずは大企業について,パワハラ防止のための雇用管理上の措置が法的に義務付けられました(中小企業については令和4年3月末までは努力義務とされており,法的には強制されません)。

これを受け,6月2日付日経新聞朝刊に,「大企業パワハラ防止急ぐ」の見出しの記事が掲載されましたが,袖見出しの「『線引きで助長』懸念も」が気になりました。記事によると,厚労省が,パワハラ防止法による企業の措置義務に関するガイドラインで,パワハラに該当する例とともに該当しない例も示し,パワハラ該当・非該当の線引きを図ったところ,この該当しない例を,パワハラの行為者にパワハラを否定する根拠として使われる恐れがあると指摘されているとのことです。

このパワハラ該当性の具体例は,①暴行・傷害(身体的な攻撃),②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃),③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し),④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求),⑤業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求),⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)の6つのパワハラの行為類型毎に示されています。

そこで,本稿では,上記ガイドラインに示されているパワハラに該当しない例が,具体的にどのようにパワハラの助長につながるのか,また,パワハラの助長にどのように対処すべきかについて,上記6つの行為類型毎に考察してみたいと思います。

パワハラに該当しない例が「パワハラを助長する」とは?

パワハラに該当しない例を示すことで却ってパワハラが増えてしまうのではないか,と懸念されているようですが,どのような理屈でパワハラが増えるといえるのか,紙面の都合もあってか,上記記事には明確に説明されていません。そこで,もう少し突き詰めて考えると,ⅰ)該当しない例を見て,「この程度なら大丈夫」と線引きの境界ギリギリまで言動がエスカレートし,結果としてパワハラとなってしまう(エスカレート型),ⅱ)悪意をもってパワハラをしようと思っている者が,該当しない例に当たると弁解できるような態様でパワハラを行う(弁解型),という2つのパターンによりパワハラが助長されるように思われます。

そこで,厚労省が示したパワハラに該当しない具体例を個別にみて,上記2つのパターンが当てはまってパワハラが助長される恐れがあるかどうかを,上記6つの行為類型の①~⑥の順に検討してみたいと思います。

①身体的な攻撃(暴行・傷害)

該当しないと考えられる例

  • 誤ってぶつかること。

該当すると考えられる例(参考)

  • 殴打,足蹴りを行うこと。
  • 相手に物を投げつけること。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

「誤ってぶつかるならよい」と考えてぶつかるのは,もはや故意で行っているため,ⅰ)のパターンで助長されるということではなく,むしろⅱ)のパターンとして論じられるべきといえます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

相手にぶつかる等の暴行をパワハラと指摘された場合に,「誤って」してしまったという弁解をされることが想定され,パワハラ助長の恐れありといえます。

②精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

該当しないと考えられる例

  • 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ,再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
  • その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して,一定程度強く注意をすること。

該当すると考えられる例(参考)

  • 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことも含む。
  • 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
  • 相手の能力を否定し,罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛に送信すること。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

注意の必要性がある場合に,「一定程度強く」注意をすることは許容されているということが示されていますので,この「一定程度強く」がパワハラとされるラインを超えて解釈されてしまう可能性が考えられます。ただし,業務上の必要がある場合の注意が程度を越えてしまうことは,この類型のパワハラの線引きをめぐり従来から問題となっていたことであり(この点について,別稿「パワハラと指導の線引きに関する裁判例」,「パワハラにならない注意・指導の仕方」で解説しています),上記の具体例が示されたことが新たに原因となりパワハラが助長されるということはないかと思われます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

 「一定程度強く」を恣意的に広く解釈し,パワハラに当たらない,と弁解できると考えてパワハラに及ぶことが想定され,パワハラ助長の恐れありといえます。

③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

該当しないと考えられる例

  • 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
  • 懲戒規程に基づき処分を受けた労働者に対し,通常の業務に復帰させるために,その前に,一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

該当すると考えられる例(参考)

  • 自分の意に沿わない労働者に対して,仕事を外し,長時間にわたり,別室に隔離したり,自宅研修させたりすること。
  • 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし,職場で孤立させること。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

該当しない例はいずれもそれ自体パワハラに該当するものではなく,具体的であるため,解釈によりエスカレートする余地はなさそうです。そのため,このパターンでパワハラが助長されることはないと思われます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

該当しない例が具体的であるため,これを弁解に使える状況は極めて限定的といえますので,このパターンでもパワハラが助長されることはないと思われます。

④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

該当しないと考えられる例

  • 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
  • 業務の繁忙期に,業務上の必要性から,当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

該当すると考えられる例(参考)

  • 長期間にわたる,肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
  • 新卒採用者に対し,必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し,達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
  • 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

いずれも解釈の余地が多く,エスカレートして過大な要求をしてしまう可能性があり,パワハラが助長される恐れがあるといえます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

上記具体例の労働者の育成については,このような課題は常にあり,「少し高い」も程度問題であるため,弁解に使われることは十分想定されます。また,繁忙期の例についても,「一定程度多い」が程度問題であり,「業務の繁忙期」,「業務上の必要性」である程度限定されるとしても,弁解に使われる可能性があるため,いずれの具体例もパワハラが助長される恐れがあるといえます。

⑤過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

該当しないと考えられる例

  • 労働者の能力に応じて,一定程度業務内容や業務量を削減すること。

該当すると考えられる例(参考)

  • 管理職である労働者を退職させるため,誰でも遂行可能な業務を行わせること。
  • 気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

上記の具体例がそれ自体パワハラとなるものでもなく,上記④過大な要求の場合と異なり,業務内容や業務量を軽くするような指示には慎重となるのが通常です。そのため,この具体例を見てパワハラとなる方向にエスカレートするということは想定しにくく,パワハラが助長される恐れはないと思われます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

「能力に応じて」,「一定程度」は解釈の余地が大きく,弁解に使われる可能性は十分あるといえ,仕事外し等のパワハラが助長されるおそれがあるといえます。

⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

該当しないと考えられる例

  • 労働者への配慮を目的として,労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと
  • 労働者の了解を得て,当該労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し,配慮を促すこと

該当すると考えられる例(参考)

  • 労働者を職場外でも継続的に監視したり,私物の写真撮影をしたりすること。
  • 労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

該当しないと考えられる例がパワハラを助長する恐れがあるか

ⅰ)のパターン(エスカレート型)の可能性

該当しない例はいずれもそれ自体パワハラに該当するものではなく,具体的で解釈によりエスカレートする余地はないと思われ,これによりパワハラが助長されることはないと思われます。

ⅱ)のパターン(弁解型)の可能性

上記ヒアリングの具体例については,「労働者への配慮を目的として」の部分が弁解に使われそうにも思われますが,「ヒアリング」という態様が明示されており,嫌がらせ目的で行う場合とはかけ離れているため,上記具体例を弁解に使うのは事実上難しいように思われます。また,個人情報の具体例については,「労働者の了解」を無理矢理取付けることも考えられますが,「必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し,配慮を促す」の部分でかなり限定されているため,こちらも弁解に使われる可能性はないように思われます。したがって,いずれの具体例によっても,パワハラが助長されることはないと思われます。

パワハラが助長されるおそれがある場合の対処

上記のとおり,パワハラが助長されるおそれがある具体例について,ⅰ),ⅱ)のパターンで整理して,個別に対処法を検討します。

ⅰ)のパターン(エスカレート型)でパワハラが助長されるおそれがある場合の対処

上記のとおり,このパターンでパワハラが助長されるおそれがある具体例は,④過大な要求の類型で挙げられている

  • 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること
  • 業務の繁忙期に,業務上の必要性から,当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること

のみかと思われますが,職務熱心な管理職の方ほど,これでお墨付きを得られたと考え,パワハラ該当レベルまで部下に要求してしまうこともありそうです。

対処法ですが,ⅰ)のパターンは,もともと行為者に悪意のない場合なので,上記の具体例を示して,エスカレートしてパワハラとならないよう,特に周知しておくことで基本的には足りると思われます。

ⅱ)のパターンでパワハラが助長されるおそれがある場合の対処

総論

パワハラが発生すると,パワハラ防止法上の義務として,企業は事後的に適切な対応をする必要がありますが(措置義務の概要は別稿「パワハラ防止の雇用管理上の措置義務に関する指針」にまとめてあります),その一環として,パワハラの事実関係を迅速かつ正確に確認することが求められています(事実関係の確認のポイントについては,別稿「パワハラの相談・申告があった場合の対応」にまとめてあります)。

この点,行為者が,パワハラに当たらないと考えられる例に当たると弁解する準備を周到にしている場合には,上記の事実確認がより困難になることが予想されます。そこで,これに対抗するには,行為者の弁解を封じるためのポイントを予め押さえておき,やはりパワハラに当たるという判断ができるよう,事例毎に準備しておくとよいでしょう。

以下,上記の具体例毎に個別に検討します。

①身体的な攻撃の具体例について

該当しないと考えられる例

  • 誤ってぶつかること。

わざと暴行をしたわけではないからパワハラにならない,という弁解が想定されます。このような故意の有無という主観面の事実認定は,性質上直接の証拠がないため刑事裁判でも難しいところですが,客観的な状況を積み重ねて,故意があったに違いない,というロジックを組み立てるのが定石となります。

この場合は,行為の内容,程度,回数,頻度等の他,行為者と被害者の人間関係からパワハラをする動機があったか,行為後のやりとり(すぐに謝罪したか等)といった事情を積み重ね,弁解を封じていくことになります。

②精神的な攻撃の具体例について

該当しないと考えられる例

  • 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ,再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
  • その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して,一定程度強く注意をすること。

いずれも「一定程度強く」の範囲に収まるかがポイントとなります。ただし,これは程度問題のため,行為者がどのように思っていたかは関係なく,業務上適切な範囲の注意等であったか,という観点からパワハラ該当性が判断されることになります。そうすると,この場合には,特に行為者の弁解に備える必要はなく,通常どおり適切に事実関係の確認等を行えばよいということになります。

④過大な要求の具体例について

該当しないと考えられる例

  • 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること
  • 業務の繁忙期に,業務上の必要性から,当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること

これらについても,「現状よりも少し高いレベル」,「通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せる」の範囲に収まるかという点がポイントとなり,上記②と同様に程度問題となりますので,通常どおり適切に事実関係の確認等を行えばよいということになります。ただし,上記②のように単に注意の強さといった純粋な程度問題ではなく,仕事の内容や業務量といった客観的な事情も関係しますので,周到な行為者による弁解のための作為が介入していないか,注意が必要な場合もあるでしょう。

⑤過小な要求の具体例について

該当しないと考えられる例

  • 労働者の能力に応じて,一定程度業務内容や業務量を削減すること

「労働者の能力」,「一定程度」という2点の程度問題がポイントとなりますが,この場合にも通常どおり適切に事実関係の確認等を行えばよいということになります。「労働者の能力」の評価について,周到な行為者による弁解のための作為が介入していないか,注意が必要な場合もあるでしょう。

まとめ

以上のとおり,厚労省が示したパワハラに該当しない例により,全てではないにせよパワハラを助長する可能性がありそうです。ⅰ)のパターンだけでなく,ⅱ)のパターンによる助長を事前に防止するためにも,該当しない例によるパワハラ助長の可能性を意識して,パワハラ防止のための啓発・周知を強化していきたいところです。

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