紛争対応・予防の基礎知識

紛争対応

裁判外のハラスメント紛争解決手続

社員がパワハラやセクハラの被害に遭った場合,会社として適切な事後対応をしないと,この社員と会社の間で紛争が生じる可能性があります。

会社としては,社員に弁護士の代理人がつき,内容証明郵便が届く等した時点で,紛争が本格的に始まってしまった,本腰を入れて対応する必要が生じた,という認識となるかもしれません。

しかしながら,パワハラやセクハラといったハラスメント事案では,全ての被害者が弁護士を代理人に立てるわけではなく,本人が直接会社と対決することも十分想定されます。特に,被害が軽微な事案(自殺や精神疾患を伴わない場合等)では,ハラスメントの事実が認められても,損害額が思いのほか低く算定され,賠償金もそれほど高額とならず,弁護士費用の方が高くなり費用倒れとなる場合があります。このような場合には,弁護士に依頼せず,自分で対応しようとする人も少なくないでしょう。

このような場合には,裁判所を使う手続よりも準備が簡単であること等から,裁判所外で行われる紛争解決手続が使われることが多いと思われます。

そこで,本稿では,パワハラやセクハラといったハラスメント事案の解決のために使える裁判所外の手続として,労働委員会の調停と,弁護士会の仲裁について解説します。

なお,裁判所を使う手続のうち,労働審判の流れについては,別稿「ハラスメント紛争対応の流れその2~労働審判」にて,訴訟の流れについては,別稿「ハラスメント紛争対応の流れその3~裁判」の中で紹介しておりますので,そちらをご参照下さい。

都道府県労働局の調停

制度の概要

労使関係に生じた紛争の解決のための手続として,都道府県労働局に置かれる紛争調整委員会による「あっせん」というものがあります。紛争調整委員会は,労働分野の専門家である学者,弁護士,社労士等の学識経験者の委員で組織されています。この委員が労使の間に入って,双方の主張を聞いて和解をあっせんするという手続です。

この紛争調整委員会による手続ですが,ハラスメント関連事案については,いわゆる男女雇用機会均等法上に特別の規定があり,セクハラ・マタハラが問題となっている場合には,「あっせん」ではなく「調停」という手続がとられることとされています。「調停」は,委員会が,必要に応じて当事者だけでなく当事者と同一の事業場に雇用される労働者その他の参考に出頭を求め,意見を聴くことができる点や,調停案を作成し当事者に受諾を勧告することができる点で,「あっせん」と異なり,より実効性の高い手続といえます。

パワハラについては,従来,その他の労働事件と同様に「あっせん」の対象となっていましたが,令和2年6月1日施行された改正労働施策総合推進法,いわゆるパワハラ防止法に上記の男女雇用機会均等法と同様の規定が置かれたことにより,セクハラ・マタハラと同様,「調停」の対象となりました。これにより,ハラスメント関連事案の多くについては,都道府県労働局に相談した場合,「調停」により解決が図られることになる見込みです。

手続の流れ等

当事者が申請書を提出し,都道府県労働局長が,必要があると認めるときには委員会に調停を委任して調停の開始が決定されます。調停委員会は,調停期日を決定した上で当事者に期日を通知します。

調停期日の手続は非公開で行われ,1回の期日で終わるのが通常です。

委員会は当事者等から意見を聴き,調停案を作成し受諾を勧告しますが,これに応じるかどうかは任意です。調停案を受諾せず調停が成立しなかった場合には手続は打ち切りとなります。これに対し,当事者双方が調停案を受諾した場合には,調停には民法上の和解の効果が生じます。調停で合意した内容を履行しない場合に,強制的に履行させるには,この調停を債務名義として執行をすることができるわけではなく,別途民事訴訟を提起する必要があるということです。

なお,調停の開始が決定されても,会社が参加するかどうかは任意であり,参加しないことで何らかの不利益が課されることはありません。ただし,会社が参加しないことを明示すると手続が打ち切られますので,労働者が弁護士に依頼して裁判所を使った手続をとってくる可能性が生じることになります。会社としても,訴訟や労働審判に応じる場合には,弁護士費用だけでなく準備のための手間暇といったコストが大幅に増えるのが通常ですので,早期解決のために調停に参加してみるのも十分考慮に値するといえるでしょう。

手続にかかる費用

手続そのものにかかる費用は,労使ともに無料です。ただし,弁護士や社労士に代理を依頼する場合には,その分の費用がかかることになります。

弁護士会の裁判外紛争処理手続(ADR)

制度の概要

労使関係に生じた紛争に限らず,広く紛争を裁判外で解決するための手続として,各都道府県の弁護士会が運営している紛争解決センター(「仲裁センター」,「ADRセンター」など,名称は各弁護士会により異なります)による「あっせん」,「仲裁」というものがあります。これらは,紛争解決センターの弁護士があっせん人,仲裁人として当事者の間に入り,双方の主張を聴いて和解の成立を目指す手続ですが,合意が形成できない場合には,当事者間双方が,仲裁人が示す解決基準である仲裁に従うという仲裁合意をした上で,仲裁判断が示されるというかたちで解決となります。

パワハラやセクハラといったハラスメント事案の紛争もこの手続の対象となります。

手続の流れ等

予め当事者間に仲裁合意があれば仲裁の手続をとることになりますが,会社との間で仲裁合意をしている例はほとんどなく,あっせんの手続を選択することになります。

あっせん手続は,当事者が申立書,証拠書類の写し等必要書類を紛争解決センターの窓口に提出し,受理されると,あっせん人が選任され,相手方に手続が開始されたことが通知されます。相手方があっせん手続に応じない場合には,手続は取下げないし却下となります。相手方があっせん手続に応諾すると,期日が数回にわたり開かれ,和解が成立すれば和解契約書が作成されますが,和解が成立しなければ,手続は終了となります。

また,あっせん手続の途中で仲裁合意をした場合には,手続が仲裁に移行し,それ以降は仲裁期日として進行します。

あっせん手続で和解が成立した場合には,上記労働局の調停の効力と同様です。民法上の和解の効力が生じます。これに対し,仲裁判断には確定判決と同一の効力があり,別途民事訴訟を経由することなく,裁判所の執行決定という手続により強制執行ができることになります。

なお,あっせん手続についても,会社が参加するかどうかは任意であり,参加しないことで何らかの不利益が課されることはありません。ただし,上記のとおり会社が手続に応じないと手続が取下げないし却下となり,その後労働者が裁判所を使った手続をとり,紛争が長期化し解決のためのコストが増大する可能性が生じる点は労働局の調停の場合と同様です。不利益がないからといって直ちに応諾しないという判断をするのではなく,状況によっては積極的にあっせん手続により解決を図るとよいでしょう。

手続にかかる費用

手続にかかる手数料は紛争解決センターを運営する弁護士会により異なりますが,手数料の種類としては,①申立時にかかる申立手数料,②期日毎にかかる期日手数料,③和解成立時にかかる成立手数料があるようです。

東京弁護士会の紛争解決センターでは,①は税別10,000円,②は当事者双方ともに期日1回につき税別5,000円,③は解決額の300万円以下の部分につき税別8%,300万円を超え1,500万円以下の部分につき税別3%,1,500万円を超え3,000万円以下の部分につき税別2%とされています(これ以上の金額についても定められていますが,ハラスメント事案では訴訟等による解決になるものと思われます)。成立手数料の申立人と相手方の負担割合は,当事者の話し合い又はあっせん人,仲裁人の決定により定められます。

これに加え,弁護士に代理を依頼する場合には,その分の費用がかかることになります。

まとめ

以上のとおり,裁判所を使わない紛争解決手段をパワハラ・セクハラ等の被害者である社員がとってきた場合は,裁判で訴えられた場合とは異なり,手続に応じないと敗訴する等の制裁はありません。ただし,当事者間に弁護士等の専門家が入り合理的な解決を図ることが期待できることから,後に裁判等になるリスクを考えると,会社としても紛争解決のための機会として積極的に対応することを検討したいところです。

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