紛争対応・予防の基礎知識

理論・体系 等

パワハラと指導の違いは?線引きと注意の仕方

パワハラを防止しなければならないという問題意識は,大企業はもちろん,中小・ベンチャー企業にも浸透してきているように思われますが,現場では,業務上必要な指導や注意とパワハラとの境界があいまいで,線引きが難しいという声が相変わらず根強くあるようです。

この点について,いわゆるパワハラ6類型(6類型の詳細については,別稿「パワーハラスメント(パワハラ)とは?定義と類型」にて解説しています)のうち,「精神的な攻撃」の類型については,別稿「パワハラと指導の線引きに関する裁判例」にて解説していますが,本稿では,さらに他の類型にも応用できる考え方について解説します。

必要性・相当性という考え方

パワハラの問題に限らず,法的な紛争や問題を解決する際の裁判所の考え方の一つに,必要性・相当性というものがあります。パワハラと指導や注意との線引きの問題で考えると,指導等の必要性と,指導等の際の言動の相当性との相関関係で,指導等とパワハラの境界が決まります。

具体的には,指導や注意の必要性が大きい場合,つまり,部下の改善点や問題行動の程度が大きい場合には,指導や注意の仕方の相当性のハードルが下がり,ある程度強い言動でも,相当性が認められ,結論としてはパワハラにならないという理屈です。逆に,指導や注意の必要性がそれほど大きくない場合には,指導等として相当かどうかはより厳しく判断されることになります。要するに,指導や注意の仕方(言動や態様)が,その原因となった部下の問題行動等に見合ったものかどうか,という基準で境界が決まるということです。

別稿「パワハラと指導の線引きに関する裁判例」で整理した要素を,このような必要性,相当性の考え方に当てはめると,次のように,「動機・目的」の要素が必要性に関する事情となり,それ以外の要素により相当性が判断されるという基準になるでしょう。

指導・注意の必要性(動機・目的)

・・・業務上の指導や注意と言った動機・目的の原因となった部下の問題行動の程度が大きいと,必要性が大と評価されるため,パワハラが否定される事情となる。逆に,憂さ晴らしや嫌がらせ等の動機・目的があれば,必要性が小と評価されるため,パワハラが肯定される事情となる。

指導・注意の相当性

・人間関係

・・・人間関係が良好であれば,相当性ありと評価されやすく,パワハラが否定される事情となる。逆に,人間関係が悪化していれば,相当性なしと評価されやすく,パワハラが肯定される事情となる。

・時間

・・・指導や注意が短時間・一回限りなどであれば,相当性ありと評価されやすく,パワハラが否定される事情となる。逆に,長時間,継続的,頻繁であれば,相当性なしと評価されやすく,パワハラが肯定される事情となる。

・場所

・・・指導や注意が他の社員の面前以外であれば,相当性ありと評価されやすく,パワハラが否定される事情となる。逆に,他の社員の面前であれば,相当性なしと評価されやすく,パワハラが肯定される事情となる。

・態様等(注意の仕方)

・・・行為のみならず人格を否定するような言動や,大声,物に当たるなど態様で指導や注意をすると,相当性なしと評価されやすく,パワハラが肯定される事情となる。注意の仕方としてこれらの事情がなければ,相当性ありと評価されやすく,パワハラが否定される事情となる。

「精神的な攻撃」以外のパワハラ類型の検討

6類型のうち,「精神的な攻撃」以外の類型についても,必要性・許容性の考え方により線引きを検討すると,概ね次のとおりになるでしょう。

「身体的な攻撃」の類型

・指導・注意の必要性

暴力的な行為,特に身体に対し直接作用する行為については,それが業務上の指導や注意として必要であることは原則としてないため,基本的には違法なパワハラに当たることになります。

・指導・注意の相当性

上記のとおり,指導や注意の必要性が認められない以上,相当性を検討するまでもなく,基本的には違法なパワハラになりますが,例外的に,行為の程度が軽微であり,かつ,被害者にもかなりの落ち度があるようなケースでは,賠償責任が発生するかどうか微妙になってくることもあるでしょう。

「人間関係からの切り離し」の類型

・指導・注意の必要性

業務や研修等の必要がある場合に,同僚から隔離した別室や座席の割当てにより指導を行うことは一般論としてはあり得るところです。個別の事案において,同僚から隔離して指導する必要がどの程度あるのかがポイントとなります。

・指導・注意の相当性

同僚から隔離する期間の長短や,場所的な事情,連絡のしやすさ等,隔離の程度が,必要性に見合っているかどうか,個別の事案に照らして判断されることになります。

「過大な要求」,「過小な要求」の類型

・必要性

社員の能力や職責に見合わない仕事を任せることは,過大な要求,過小な要求としてのパワハラとなる可能性があります。ただし,どのような仕事を社員に任せるかについては,原則として使用者である会社に裁量がありますので,担当させた業務が社員の能力等に比して過大であったり過小であったりしても,それが直ちにパワハラとなるわけではありません。

結局,個別の事案において,そのような仕事を任せる必要がどの程度あるのかがポイントとなりますが,なぜその仕事を当該社員に担当させたのか,という問いに対し,合理的な説明ができるのであれば,パワハラと認定される可能性は相当低くなると思われます。逆に,明らかに当該社員以外に任せるべきであったり,仕事自体に意味がなかったりする場合には,必要性なしとしてパワハラと判断されるおそれが大きいといえるでしょう。

・相当性

過大な要求・過小な要求ともに,社員の能力や職責とのギャップの程度が問題となります。上記必要性との関係で,能力等に見合わない程度が許容範囲内といえるか,という観点からパワハラ該当性が判断されることになるでしょう。要求した仕事内容が当該社員にとって荷が重いものであったとしても,会社・上司からみて,能力に相応だと合理的に判断した結果であれば,パワハラと認定される可能性は低くなると思われます。逆に,要求した仕事内容の質や量からみて,当該社員の処理能力を明らかに超えるような場合には,パワハラと判断される可能性が高いと思われます。

「個の侵害」の類型

・指導・注意の必要性

この類型で検討されるべき必要性として多いのは,指導や注意のために,円滑なコミュニケーションをとる目的や,社員の事情に配慮する目的かと思われます。このような正当な目的ではなく,嫌がらせ等を目的としたプライベートへの干渉は,相当性を検討するまでもなくパワハラに当たるでしょう。

・指導・注意の相当性

プライベートに干渉する程度が上記必要性との関係で相当といえるか,という観点から判断されることになります。ヒアリング程度であれば相当性ありとされるのが通常かと思われますが,当該社員が不快に思うような態様で監視をしたり,センシティブな情報の提供を強制したりすることはパワハラに当たる可能性が高いと思われます。

指導・注意を行う現場での応用~パワハラで訴えられないために

指導・注意の目的(なぜ必要なのか)を考える

部下に対して指導や注意をする前に,“何のために”指導や叱責をするのか,目的を考えるようにしましょう。これにより,必要性がどの程度あるのかを考える機会と,それに見合った言動としてどの程度が相当かを検討する機会をもつことができます。さらに,このようにワンクッション思考を挟むことで理性が保たれますので,感情のままに怒るという事態を防ぐことができます。感情にまかせた言動は,相手の人格を攻撃する言動を伴いがちです。いかに必要性が高くても,暴言と評価されるようなレベルで相手の人格を攻撃する発言は,相当性の観点から一回のみでもパワハラ認定されることもあり得ますので,是非とも防止したいところです。

紛争予防の意識をもつ

部下に対して業務上の指導や注意をする立場の管理職の方には,パワハラで訴えられるということ自体を予防するという意識をもたれることをお勧めします。

具体的には,上記の必要性・相当性により,一般論としてパワハラにならない範囲であるかどうかだけでなく,指導等の受け手の社員がどのような個性をもっているかについても留意するようにしましょう。特に,受け手の社員に,コミュニケーション上の問題点がある,権利意識が異様に強い,うつ病等の傾向がある等の性質がある場合には,そうでない場合と比べてパワハラ等による紛争が発生しやすいため,より一層の注意が必要ということになります。

状況に応じて,どのような指導や注意を行ったのか,なぜそのような指導等が必要となったのかについて記録し,訴えられた場合でも裁判所からパワハラと判断されないための証拠を残しておくといった措置をとることも検討に値します。

まとめ

以上のとおり,業務上の指導や注意として許容される範囲なのか,パワハラとなるかの境界については,必要性・相当性という考え方により線引きをすると,概ね妥当な結論が得られるでしょう。また,現場での運用としても,指導や注意を行う前に,必要性・相当性を検討するというプロセスを挟むことにより,感情にまかせて暴言を吐いてしまうといった事態を防ぐことができますので,管理職の研修等に積極的に取り入れていただければと思います。

 

 

 

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