社員からパワハラ・セクハラ等のハラスメントの相談があった場合,会社としては,迅速・適切な対応しなければなりません。特に,パワハラについては,別稿「パワハラの相談があった場合の社内対応」に申告があった場合の手順等を詳しく解説しています。また,調査の結果,パワハラ・セクハラ行為が認定された場合には,行為者に対し,懲戒等の適切な処分をする必要があります。この点については別稿「ハラスメント加害者に対する懲戒処分は慎重に」をご覧下さい。
ところで,調査の結果,社員が相談してきたパワハラ・セクハラ等の事実が認められなかったり,そもそも相談してきた事実があったとしてもハラスメントとまでは評価されなかったりするため,ハラスメントと認定されないという場合があります。
このような場合,相談をした社員,加害者とされた社員のそれぞれについて,どのように対応すべきでしょうか。本稿では,パワハラやセクハラの申告があったものの,認定されなかった場合に会社としてとるべき対応について,裁判例も合わせて解説します。
パワハラやセクハラと認定されない場合の類型
社員からパワハラ・セクハラの相談があっても,ハラスメントと認定されない場合には,①仮に申告した事実があったとしても,ハラスメントに該当しない,②申告した事実が調査によっても認定できないという2つの類型があります。
いずれの類型に当たるケースでも,パワハラやセクハラだと認定されなかったので一見落着,その後は何のケアもなしという訳にはいきません。相談した社員が,会社の判断を不満に思い,弁護士等に相談することで,紛争が発生してしまうおそれがあるからです。また,現にパワハラやセクハラを受けたと相談している社員がいる以上,当の社員のみならず,加害者とされた社員や,その周囲の社員も含めて,大なり小なり人間関係が悪化していることも想定され,良好な職場環境を保持するための対応が必要となります。
以下,パワハラやセクハラの相談をした社員,加害者とされた社員のそれぞれについて,上記①,②の類型毎に,会社がとるべき対応をみていきます。
パワハラ等を相談した社員への対応
①申告した事実がハラスメントに該当しない場合
特にパワハラのケースで多いように思われます。パワハラの6類型(詳細は別稿「パワーハラスメント(パワハラ)とは?定義と類型」をお読み下さい)のうち,「精神的な攻撃」については,業務上必要な注意・指導等と評価され,パワハラに該当しないという場合も珍しくありません。そこで,パワハラを受けたと申告した社員が主張する事実が,業務上の注意・指導等の範疇であり,パワハラに該当しないのであれば,その旨を丁寧に説明し,パワハラが認定されないことの理解を求めることになります。
②申告した事実が証拠を検討しても認定できない場合
この場合も,会社が関係者の事情聴取をしたり,証拠を集めたりして調査を尽くしたところ,相談した社員が申告する事実が確認できなかった旨を丁寧に説明することになります。その際,調査対象者のプライバシー等に配慮しつつも,可能な限り詳細にどのような調査を行ったのかを説明し,それでもパワハラやセクハラに該当するような事実関係があったとは認定されなかったこと,そのため,加害者とされる社員に対し処分等をすることはできない旨理解を求めることになります。
この場合,パワハラ等の被害を相談した社員としては,自分の主張が認められないことの裏返しとして,自分が虚偽の申告をしたと会社から扱われたと感じることが想定されます。このような反感を放置することは,紛争の予防という観点からも,良好な職場環境を維持するという観点からも望ましくありません。そこで,パワハラ等の被害を相談した社員に対しては,加害者とされる社員を処分するには,パワハラ等の事実を認定するための十分な証拠が必要であるという手続や仕組みについて丁寧に説明し,証拠不十分のため事実認定ができないことと,社員の申告が虚偽かどうかは別問題であり,会社として当該社員の申告を虚偽と認定している訳ではない旨を納得してもらえるよう,十分に説明を尽くすべきでしょう。
また,このような説明は単なる方便ではなく,パワハラ・セクハラ行為が第三者の目の届かない密室で行われた場合等,証拠が残っていないだけで,被害は実際にあったということも決して珍しいケースとはいえません。そこで,加害者とされる社員を処分するのに十分な証拠はない場合であっても,被害を相談した社員の態度等からみて,加害者とされる社員と同じ部署等での勤務を継続させることが適切でないと判断される場合には,部署異動等,両者が接触する機会を減らすための配慮が必要か検討すべきでしょう。
加害者として申告された社員への対応
①申告した事実がハラスメントに該当しない場合
この場合には,パワハラ等の被害を相談した社員からの聴取のみで調査が終了し,加害者とされる社員に対する調査等はなく,当該社員にとって,自分がパワハラやセクハラの加害者として会社に相談されたことは明らかになっていないのが通常です。そこで,パワハラ等の被害を申告した社員が殊更騒ぎを大きくしているような事情がない限り,加害者とされる社員に対しては特に対応する必要はないでしょう。
②申告した事実が証拠を検討しても認定できない場合
上記①の場合とは異なり,この場合はハラスメントに関する調査が行われますので,その過程で,加害者とされる社員は,会社にパワハラやセクハラの加害者であると相談がされたことを知ることになります。これにより,加害者として申告された社員は,少なからずストレスを感じることになるため,会社としては,当該社員の職場環境を良好に保つための対応が必要となります。
この点,次のとおり,会社が,パワハラの相談を受け調査をしたものの,パワハラが認められなかった場合において,加害者とされた社員に適切な対応をとらなかったことが債務不履行または不法行為に当たるとして損害賠償請求が認められた裁判例があります。
裁判例
事案の概要
Xは,Y社において,Aと二人体制で業務を担当していたところ,Aが,Xからパワハラを受けた旨をY社に相談し,調査が行われたものの,調査の結果パワハラは認定されませんでした。その後も,Xは,Aと協同して業務を遂行することは不可能であることなどを繰り返し訴えましたが,Y社は,Xの要望に添う方向でサポート体制を変更する等の対応をとりませんでした。
その後Xは退職し,未払残業代等とともに,安全配慮義務または職場環境配慮義務違反を主張し,損害賠償請求を求めました。
裁判所の判断
上記事実関係で,Y社の安全配慮義務または職場環境配慮義務違反による損害賠償義務が認められるかについて,裁判所は,「本件のように二人体制で業務を担当する他方の同僚からパワハラで訴えられるという出来事(トラブル)は,同僚との間での対立が非常に大きく,深刻であると解される点で,客観的にみても原告に相当強い心理的負荷を与えたと認めるのが相当」とした上で,XがAと一緒に仕事をするのは精神的にも非常に苦痛であり不可能である旨を繰り返し訴えたこと等から,Y社は,上記のように強い心理的負荷を与えるようなトラブルの再発を防止し,Xの心理的負荷等が過度に蓄積することがないように適切な対応をとるべきであり,具体的には,X又はAを他部署へ配転してXとAを業務上完全に分離するか,少なくともXとAとの業務上の関わりを極力少なくし,Xに業務の負担が偏ることのない体制をとる必要があっった旨判示しました。
その上で,Y社としては,Xの心理的負荷等が過剰に蓄積することがないような対応が困難であったとは認めがたいところ,Xの上司はこのような対応の要否や代替策の有無等を十分に検討しておらず,使用者であるYも,Xに対して負う注意義務(業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務)を果たしていないことから,Xに生じた損害を賠償する義務を負うとしました(アンシス・ジャパン事件・東京地方裁判所平成27年3月27日判決)。
コメント
本件は,二人体制で業務を担当する他方の同僚からパワハラで訴えられるという限定的な状況ではありますが,パワハラの加害者であるとして相談されることは,加害者とされた社員に精神的負荷を与えるものだということを裁判所が判断したという点で注目されます。
上記裁判例でも言及されているとおり,会社は,雇用する社員に対し,労働契約上の付随義務として,業務の遂行に伴う疲労や精神的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)を負っています。社員に精神的負荷がかかる事柄は様々ですが,パワハラ等のハラスメントの加害者として申告されることは,相談した社員との関係にもよりますが,精神的負荷の原因として軽視すべきではありません。そこで,会社としては,調査の結果パワハラ等のハラスメントが認定されなかった場合でも,上記裁判例でも例示されているように,配転等により,相談した社員と,加害者とされた社員の業務上の関わりが可能な限り少なくなるような措置をとることが必要といえます。
まとめ
以上のとおり,パワハラやセクハラの相談があった場合,ハラスメント行為が認定された場合はもちろん,認定されなかった場合にも,紛争予防の観点から,相談した社員のみならず加害者とされた社員に対するケアも必要かどうか検討しなければなりません。その一環として,配転等により接触の機会を減らすことは有効な措置といえますが,会社の規模や業務の状況等により,現実的でない場合もあるでしょう。そのような場合でも,会社として可能な措置を検討し,これを試みた実績があれば,後に紛争になったとしても有利となります。パワハラやセクハラが認定されなかった場合でもそれで終わりとせず,当事者の職場環境にも配慮し,紛争の芽を確実に摘んでおきたいところです。