紛争対応・予防の基礎知識

紛争予防

社内にパワハラ相談窓口を設置し運用する際の留意点

改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)上,会社がパワハラ防止のためにとるべき措置が厚労省のガイドラインに示されています。その一つとして,労働者からの相談・苦情に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備が挙げられています。そのためには,相談等への対応のための窓口を定めて周知する,相談窓口の担当者が,相談の内容や状況に応じ適切に対応できるようにするという措置が講じられなければならないとされています。

そこで,本稿では,このようなパワハラの相談窓口を社内に設置する際,会社が留意すべき点を解説します。

なお,実際にパワハラの相談があった場合の対応方法については,別稿「パワハラの相談があった場合の社内対応」にて解説しますので,こちらも合わせてお読み下さい。

相談窓口を設置する意義

パワハラ防止のための相談窓口は,法律上義務づけられているから,とりあえず形式的にでも対応しておく,という意識で設置しても,当然ながら十分に機能しません。相談窓口の目的であるパワハラ防止というのは,具体的にどのような意義があるのか,なぜパワハラを防止しなければならないのか,を意識することで,職場の状況に適した窓口を設置することができるでしょう。

そこで,以下,パワハラが発生することによる不利益を再確認します。

職場環境が悪化する

パワハラの横行する職場では,直接の被害者はもちろん,他の社員も萎縮しますので,職場環境は確実に悪くなります。そうすると,士気が下がったり,人材の流出が起きたりして仕事がしにくくなり,さらにパワハラが加速するという悪循環が起こることになります。これにより,ひいては会社の生産性が下がり,業績にも影響する事態にもなりかねません。個々の社員の人権や福祉といった観点だけでなく,会社の業績という観点からも,職場環境は良好に保つべきであり,そのための必要条件として,パワハラを防止しなければならないといえます。

賠償請求を受けるリスクがある

パワハラにより被害者がうつ病等にかかった場合には,これによって生じた損害の賠償を請求されることになります。被害が深刻であるほど賠償額も高くなり,特に,被害者が自殺に至ったケースでは,数千万円単位の請求になるのが通常です。

また,被害者との示談がまとまらない場合には,裁判での解決となりますが,賠償金だけでなく,手続かかる弁護士費用も負担することになる上,裁判を進めるのに必要な資料の準備や打合せ等の労力の負担も小さいものでなく,会社の規模によっては存続に影響するほどの損害となることもまれではありません。さらに,特に有名企業であれば,会社がパワハラで訴えられたこと自体にニュースバリューがあるため,大きく報じられることになり,風評にも看過しがたい悪影響が生じるおそれがあります。

このように,パワハラを放置することにより,会社にとって深刻な不利益を招くことになりますので,パワハラを未然に防ぐことがベストといえますが,発生してしまった場合には,可能な限り早期に発見し,適切な対処をすることが極めて重要といえます。

そのための一つの手段が,パワハラの相談窓口を設置する意義といえます。窓口を設置した後も,こうした意義を意識して運用したいところです。

相談窓口の設計

それでは,社内の相談窓口は具体的にどのように設計・設置すればよいでしょうか。会社の規模・状況や人的・物的資源による制約があるため,どのような体制がベストという一律の正解はありませんが,一般論として,次の点にご留意いただくと,実効性のある相談窓口となるでしょう。

どの部門に設置するか

パワハラは法的な問題を含むため,法務部に設置すべきという考えもあれば,人事の問題であるため人事部に設置すべきという考えもあります。しかしながら,どの部門に設置するかは,このような部門の役割から導かれるものでなく,相談者にとっての便宜,すなわち,相談のしやすさや,問題解決のための能力があるか,という観点から検討すべきでしょう。社内に設置する場合には,いずれかの部門にぶら下げたり,独立したかたちで相談室を立ち上げたりするなど,形式は会社の規模や状況によりけりですが,上記の重視すべき観点からすれば,部門横断的な体制にするのが一般には望ましいといえます。会社の規模が大きくなく,法務部や人事部といった事業部の細分化がされていない会社についても,人物や能力等から,適任な人材を担当者にするというかたちで工夫するとよいでしょう。また,問題解決能力をより高めるため,弁護士等,外部の専門家との連携体制を整備することも合わせて検討したいところです。

相談担当者の選定

誰を相談担当者に選ぶかという点も,上記の部門の問題と同様に,形式的にどの部署のどの役職をこれにあてる,という決め方ではなく,相談者にとって相談しやすいとか,問題解決のための行動力があるといった観点から適任の人選をしたいところです。

また,相談担当者の人数については,事情聴取の正確性を高め,より良い解決方針を合議で決られるようにするため,複数名の体制にすることが望ましいといえます。

ところで,パワハラ事案は同時にセクハラ事案に該当することも少なくないため,相談者をたらい回しにせずワンストップで解決することがベターといえます。そのためには,性的なプライバシーに関する事情についても相談者が話しやすくできるよう,男性と女性の両方の担当者を置き,相談者の希望に応じて選択できる体制をとることも検討したいところです。

相談窓口の運用

運用のための心構え

社内の相談窓口に求められる重要な役割として,パワハラ問題を可能な限り早期に,しかも会社の内部で解決することが挙げられます。パワハラ問題を放置して,前述のように会社にとって由々しき事態を招かないようにしなければなりません。

そのためには,①相談者との信頼関係を築く,②事案に応じた解決方針を策定する,③迅速に対応するという3点がポイントになるでしょう。以下,相談窓口をどのように機能させるかについて解説します。

相談窓口の機能

相談窓口の機能としては,ⅰ)相談者から事情,要望を聴取する,ⅱ)聴取内容をフィードバックする,という2つがベースとなり,さらに人的リソース等の状況に応じて,ⅲ)相談者のケア,ⅳ)加害者側,目撃者等の聴取を含む当該案件の調査,ⅴ)人事異動や懲戒処分等,加害者に対する措置の検討,ⅵ)弁護士等,外部専門家との連携という機能ももたせるかを検討します。

以下,ⅰ)の事情,要望の聴取に際しての留意点を解説します。

事情聴取の留意点~相談者の心情に配慮しつつ,事実関係を正確に把握する

上記のポイント「①相談者との信頼関係を築く」は,1回目の事情聴取の段階で是非とも達成しておきたいところです。これにより,相談者から包み隠さず被害の実態を聴き取ることができますが,これは当該パワハラ案件を適切に解決するために不可欠な第一歩となるからです。また,相談者において,相談窓口により会社内部での解決が図られるという期待をもってもらうことで,外部の弁護士等に相談して会社を訴える等,紛争が深刻化することを防ぐこともできます。

そのためには,パワハラの被害者が,多くの場合,精神的なダメージを負っており,そのような中で,助けを求めて相談に来ているのだという意識が必要です。聴取する際の態度まで気を配り,相談者にとって話しやすい雰囲気を作り,相談者の話を頭ごなしに否定するようなことは厳に慎みましょう。

他方,相談者の申告する事実を鵜呑みにすることが正しいわけではありません。相談者が上司等から受けた言動がパワハラとならないことも往々にしてありますので,パワハラ該当性という評価の問題については,この段階で軽々に断定せず,事実関係を正確に把握することに努めましょう。

なお,他の調査によってもパワハラに該当しないと評価される場合の対応については,別稿「パワハラ等が認定されない場合と社員への対応」にて解説しています。

マニュアルを整備する

窓口の運用に際しては,相談担当者によって対応にブレが生じないように,どのように聴取を進めるか,聴取すべき事項は何か,NGな対応等々,可能な限り具体的に定めたマニュアルを整備し,これに沿って相談を進めることが望ましいといえます。ただし,マニュアルの内容をあまりに細かくすると,却って非効率となったり,対応が硬直的になったりするなどの弊害もありますので,実際に相談を受ける状況を想定して,詳細かつ柔軟性のあるバランスのとれた内容にしたいところです。

また,相談担当者用のマニュアルだけでなく,相談者用の相談票を整備し事前に記載してもらう運用とすることで,相談が効率的に進められる上,聴取事項が担当者により偏ることを防止することができます。

まとめ

まだパワハラの相談窓口を設置していない会社や,ただ形式的に設置しているだけで機能していない会社は,本稿をご参考にしていただき,早急に窓口の整備を進められることをお勧めします。

改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)は,令和2年6月にまず大企業のみ施行され,その他の企業については令和4年4月からの施行となります。しかしながら,中小・ベンチャー企業についても,法律上の義務というだけでなく,パワハラを放置することにより上記のような深刻な事態となるのを防止するという意味でも,パワハラ防止法の施行を待たず,積極的に対策を講じるべきでしょう。

 

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