パワハラ・セクハラ等のハラスメント事案で,弁護士から内容証明郵便が届いたり,訴えられて裁判所から訴状が届いたりした場合,会社としては,被害者側からの主張に対して,適切に対応していく必要があります。
この点,事案にもよりますが,被害者の主張するような事実関係があったかどうか等について,パワハラ・セクハラ等の加害者の言い分をもとに反論を組み立てて対応するのが基本となります。ただし,加害者の主張する反論を会社としても鵜呑みにして,被害者側の弁護士に回答したり,裁判上主張したりすることはお勧めしかねます。行為者の反論の内容によっては,反論の効果がないどころか,判決で認められる慰謝料が増額となってしまう有害なものもあるからです。
本稿では,このようなNGな反論について,裁判例も合わせて解説します。
NGな反論の共通点
加害者の主張する反論を鵜呑みにすべきでないNO反論には,パワハラ・セクハラ等と主張されている行為があったこと自体は認めるものの,それに加害者独自の意味づけをして自分は悪くない,と主張するという共通点があります。具体的には後述のとおり解説しますが,反論の方針を検討するために行為者の事情聴取をする際,このような言い分が出てきたら注意が必要です。
「同意があった!」
注意すべき反論の一つ目は,パワハラ・セクハラ等に当たると主張されている行為について,同意があったとか,許容されていると思っていたというものです。
まず,パワハラについては,「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」の定義のとおり,加害者が被害者に対して優越する関係で行われます。そうすると,被害者としては,ハラスメント行為に対して明確な拒絶はしにくいのが通常です。このような経験則があるため,パワハラと評価されるべき行為・言動があった場合,拒絶がなかったこと自体をもって直ちに同意があったという認定はされず,違法との評価を免れることはないということになります。
また,セクハラについては,パワハラと同様に,職場内での上下関係で下位の被害者が上位の加害者に拒絶をしにくいという傾向があることに加え,羞恥心等から,被害を表沙汰にしたくないという動機もはたらくのが通常です。そうすると,セクハラと評価されるべき行為に対して,明確な拒絶がなかったことや,迎合するかのような言動があったこと等の事情をもって,同意があったという認定はされないのが通常です。
セクハラの事案においては,次の裁判例のとおり,被害者から明確な拒絶がなかったことから,行為者が同意ありと誤信したことを,加害者に有利な事情として考慮できないという判断が示されています。同様の判断をしている裁判例も他に複数あり,行為者の内心がどうだったかという主張は効果的でないといえます。
そのため,被害者の「同意」があったという類の主張については,交渉や裁判で表に出すかどうかを慎重に検討する必要があります。場合によっては反省の情なしとして慰謝料増額の要素と判断される可能性もありますので,原則として控えるという姿勢で対応するのが無難でしょう。
裁判例
この類型の主張に関して注目すべき裁判例があります。
女性社員Aに対し,性的な内容の発言等によるセクハラを行ったことを理由に懲戒処分を受けた男性社員Xが,懲戒処分の効力を争ったケースにおいて,Xは,Aから明確な拒否の姿勢を示されておらず,自身の言動が許容されていると誤信した等の事情があるため,懲戒処分が重すぎる旨主張しました。
第一審は,懲戒処分を有効と判断しましたが,控訴審は,上記Xの主張を考慮して,懲戒処分が重すぎるとして,その効力を否定しました。上告審では,さらに結論が逆転し,懲戒処分は有効と判断されました。この判決の中で,最高裁は,XがAから明確な拒否の姿勢を示されていなかったことについて,Xに有利な事情としてしんしゃくすることは相当でない旨判示しています(海遊館事件・最高裁平成27年2月26日第一小法廷判決)。
この裁判例は,懲戒処分の有効性という論点について判断したケースでしたが,上記のように,最高裁がセクハラ加害者の内心の事情を有利に考慮しないと判示したことは,パワハラやセクハラによる損害賠償請求の事案でも,賠償の要件となる違法性の有無や,慰謝料の金額の判断に影響するものと思われます。
「パワハラやセクハラのつもりじゃなかった!」
注意すべき反論の二つ目は,パワハラ・セクハラ等に当たると主張されている行為について,そういうつもりではなかった,意図的な行為ではなかったと主張するものです。
そもそも,パワハラもセクハラも,相手の意に反することが要件となっているわけではなく,行為自体が相当かどうかという点が問題となります。
パワハラのケースでは,別稿「パワハラと指導の線引きに関する裁判例」のとおり,言動の動機や目的が考慮され,事案によっては業務上必要な指導等のために許容される言動と評価されることもあり,有効な反論となる場合もあります。
これに対し,セクハラのケースでは,セクハラ行為を正当化する理由はおよそないといってよく,この類の反論が有効となる場合はほとんどないといえます。
「悪いのは相手の方だ!」
パワハラやセクハラの事案で,加害者側の正当性の根拠として,被害者に対する人格攻撃といえるような主張がなされることがあります。簡単にいうと,悪いのは加害者ではなく被害者の方だ,というロジックです。
この“悪い”というのが,加害者の行為が相対的に正当といえるような被害者側の落ち度に当たる事情であれば,有効な反論となる場合もないとはいえません。これに対し,被害者の落ち度として客観的に認められる事情もないのに,被害者の心情を傷つけるような主張は,厳に慎まなければなりません。このような対応は裁判所の心証を悪くするに留まらず,慰謝料の増額要素として考慮されるおそれがあるからです。
まとめ
パワハラやセクハラのケースで会社も訴えられた場合には,行為の有無や態様の点に当事者間に争いがあれば,加害者の反論を他の証拠と合わせて検討し,適切な対応していくことになります。これに対し,行為自体に争いがないケースでは,本稿のような反論を加害者がしている場合,その正当性は慎重に吟味しなければなりません。特にセクハラの事案では,この類の反論が有効になることはほとんどなく,むしろ有害となるおそれもありますので,裁判等では主張を控えるのが対応としては上策です。
裁判等に紛争が発展した場合には,加害者の言い分をどの程度反論に反映させるかの判断は難しいため,弁護士等の専門家にお早めに相談されることをお勧めします。