紛争対応・予防の基礎知識

紛争予防

退職勧奨はパワハラになるのか?判例と対策を解説

パワハラやセクハラといったハラスメント関連紛争以外にも,会社と社員との間では様々な問題で紛争が生じます。代表的なものとしては不当解雇の類型が挙げられます。近年,不当解雇については裁判も増えたことから会社側としても対応が慎重になっています。具体的には,いきなり解雇に踏み切るのではなく,退職勧奨をして,自主的に退職させる方法をとります。こうすることにより,不当解雇の裁判を起こされるリスクがなくなるからです。

とはいえ,退職勧奨も,やり方によっては違法となり,社員から損害賠償請求をされる可能性があるため,注意が必要です。また,この退職勧奨が違法と評価される場合の多くは,パワハラにも該当することになりますので,パワハラと密接な関連のある問題といえます。そこで,本稿では,パワハラと退職勧奨の関係や,退職勧奨をする際の留意点について解説します。

退職勧奨とパワハラの関係

会社はどのような責任を負うか

退職勧奨が違法である場合,会社は社員から損害賠償請求を受けることになります。さらに,違法な退職勧奨がパワハラにも当たる場合には,会社は損害賠償請求を受けるだけでなく,いわゆるパワハラ防止法上の事業主の措置義務として,パワハラの事後の迅速かつ適切な対応をとらなければならないことになります。詳細については別稿「パワハラ防止の雇用管理上の措置義務に関する指針」にて解説しています。

そうすると,違法な退職勧奨のうち,パワハラに当たるものと当たらないものがあるのか,あるとして,その線引きはどのあたりにあるのかが分かれば,万が一退職勧奨が違法とされ損害賠償が認められてしまった場合に,パワハラ防止法上の事業主の措置義務の要否が判断できることになります。

それでは,まず,退職勧奨はどのような場合に違法とされるのでしょうか。

退職勧奨に関する判例

この点については「日本アイ・ビー・エム事件」(東京高裁平成24年10月31日判決)という裁判例が参考になります。

裁判所は次のような基準を示しました。

退職勧奨の態様が,退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し,労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には,当該退職勧奨は,労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有し,使用者は,当該退職勧奨を受けた労働者に対し,不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。

また,退職勧奨が労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとはいえないとしても,その具体的な言動の態様において,労働者の名誉感情等の人格的利益を違法に侵害したと認められる場合は,使用者は,これに基づく労働者の精神的苦痛等につき,不法行為責任を負うことになる旨判示しています。

つまり,退職勧奨が違法となるのは,①退職に関する自己決定権を侵害する場合,②退職勧奨の際の言動が名誉感情等を侵害する場合のいずれかの場合ということになります。

パワハラ該当性との関係

パワハラとは,「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義されています。退職勧奨は,通常,経営者や上司といった優越的な地位にある者が行うため,「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」といえるかどいうかがポイントとなります。この判断はケースバイケースであり,特に精神的な攻撃の類型のパワハラについては業務上必要な指示や叱責等との線引きが難しいところですが,上記の退職勧奨が違法となる場合の①,②のいずれかに該当すれば,通常は「業務上必要かつ相当な範囲」を超えているといってよいでしょう。そうすると,退職勧奨が違法と評価されると,ほとんどの場合パワハラにも該当しそうです。むしろ,退職勧奨としては違法となるけれどもパワハラに当たらないという場合は想定しづらく,極めて限定的といえるでしょう。

退職勧奨が違法と評価された場合の会社の対応

社員から退職勧奨が違法であるとして損害賠償請求を求められ,これが認められた場合には,上記のとおり,退職勧奨の過程で行った言動はパワハラにも該当していると考えた方がよいでしょう。そうすると,パワハラ防止法上の措置義務が生じますので,事後的な対応として,事実関係の確認,退職勧奨の担当者に対する適正な措置,再発防止措置等を行う必要があります。

また,仮に法律上の義務が生じないとしても,違法な退職勧奨は当然ながら防止しなければならないため,上記のパワハラ防止法上の措置義務を自主的に行うことが望ましいといえます。

退職勧奨が違法・パワハラとされないための対策

以上のとおり,退職勧奨が違法になる場合と,パワハラに該当する場合はほとんど重なっているということができます。そのため,パワハラ防止法上の雇用主の措置義務上としてパワハラを行ってはならない旨の研修等を行う場合に,パワハラが行われやすい場面の一つとして退職勧奨を盛り込み,違法な言動がなされないよう周知・啓発を図るとよいでしょう。その際は,上記の判例を踏まえ,具体的にどのような言動が違法な退職勧奨とされるのか,NGな対応を可能な限り詳細に列挙すると分かりやすいと思われます。

また,現に退職させたい社員がいて,これから退職勧奨に着手したり,既に何度か面談の機会を設けている場合には,なぜ退職させたいのかという事案毎の事情を考慮するとともに,退職させたい社員の性格等も踏まえ,退職への動機付けと,違法・パワハラと評価されない穏当なやりとりのバランスがとれるよう心がけましょう。

まとめ

解雇については,慎重な対応をとるべきという考えが中小・ベンチャー企業にも浸透してきているように思われますが,退職勧奨をする際にも,社員の自己決定権や名誉感情に配慮し,違法と評価されないよう,パワハラの防止と合わせて周知されることをお勧めします。

PAGE TOP