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パワハラ等で労災申請されたら?会社の対応を解説

パワハラやセクハラを受けたことによりうつ病等に罹患した社員が,労災申請を求める場合があります。仕事による病気や怪我を原因として労災保険制度により保険給付を受けるには,病気や怪我が業務災害に該当することが必要です。例えば,工場で勤務中に機械に手を挟まれたというようなケースでは,業務災害に該当することが分かりやすいかと思います。

これに対し,上記のような精神疾患の場合には,パワハラ等が原因となっているのが一見して明らかではなく,また,そもそもパワハラ等の行為があったのかどうかも疑問であるというケースもありますので,業務災害といえるかどうか,はっきりしないことも少なくありません。

そこで,本稿では,このよう労災申請に会社として対応する際の留意点や,労災申請とは別に会社に対して行われる可能性がある損害賠償請求との関係について解説します。

ハラスメントと業務災害

労災保険制度による保険給付は,労働者に生じた病気や怪我が「業務上」のものであるとして,労災認定された場合に受給できます。うつ病等の精神疾患については,上記のように業務災害といえるかどうかが一見して明らかではありません。そこで,このような精神疾患の労災認定は,厚労省が示した「心理的負荷による精神障害の認定基準」という基準により行われています。

同基準には,業務上の出来事で,心理的負荷(ストレス)を生じさせる具体的出来事と,それに対応する心理的負荷の強度が記載されており,これに当てはめて心理的負荷の程度が「強」と判断され,他に原因がないのであれば,精神疾患が労災認定されることになります。

セクハラについては,発病前概ね6か月の間に,その出来事単独で心理的負荷の程度が「強」と判断される「特別な出来事」として,「強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」が挙げられています。また,「特別な出来事」以外の出来事は,他の事実も合わせた総合判断となりますが,パワハラ関連では,「ひどい嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」という出来事が,心理的負荷の程度が強いものとされており,この出来事に当てはまる事実があった場合には,心理的負荷の程度が「強」と判断される可能性が高いといえます。また,これに当たらないパワハラ・セクハラについても,継続的に行われた場合には,総合判断において心理的負荷が強いと判断されやすくなります。

なお,ハラスメント行為以外にも,長時間労働(1か月間に80時間以上の時間外労働,なお,1か月間に160時間以上の時間外労働については,その事実だけで心理的負荷が「強」と判断される)に従事していたことも,総合判断において心理的負荷が強いと判断される事情となります。

社員から労災申請されたら

事実関係の調査

会社がパワハラ等を認知した場合には,雇用主の措置義務の一環として,事実関係を調査・確認する必要があります。その際,パワハラ等の事実の有無だけでなく,長時間労働等,上記「心理的負荷による精神障害の認定基準」の中で総合評価される出来事の有無についても確認するようにし,業務上の災害に該当する可能性があるかを確認しましょう。

事業主の証明はどうすればよいか

労災申請の手続としては,業務災害に遭った労働者本人やその遺族が申請書を提出しますが,その申請書には,負傷又は発病の日時や災害の原因及び発生状況等について,事業主が証明する欄があり,記名・押印を申請者から求められます。

この証明を求められた場合は漫然と対応してはいけません。上記のように事実関係を調査した上で,業務災害の該当性に疑義がある場合には,これを会社として認めたと思われるような対応をしないよう注意する必要があります。

具体的には,例えば「療養補償給付たる療養の給付請求書」(様式第5号)であれば,証明欄に記載されている「⑫の者については,⑩,⑰及び⑲に記載したとおりであることを証明します。」の不動文字のうち,「負傷又は発病年月日」を示す「⑩」,「負傷又は発病の時刻」を示す「⑰」,「災害の原因及び発生状況」を示す「⑲」のうち,確認できないものについては二重線で抹消した上で記名押印するという対応が考えられます。特に,パワハラやセクハラの事実の有無・程度に争いがある場合,⑲の記載は労働者側の言い分がそのまま記載されているのが通常ですので,原則として認めないという対応が無難です。このように事業主の証明の全部又は一部をしない対応をする際,証明から除外した事項については事業主として判断できないため,労基署において判断されたい旨の上申書を別紙として付けるとなお適切です。

労基署への情報提供

労災申請がなされた後は,労基署が業務災害に該当するかどうかを調査することになりますが,上記の認定基準は,判断が従来の基準よりも簡易化されていること等から,本来業務災害に該当しないような事案においても労災認定されてしまうおそれがあります。そこで,パワハラやセクハラの事実の有無・程度に争いがあったり,業務外で強い心理的負荷があったりするため,業務災害の該当性に疑問であるケースでは,会社としても,労基署に積極的に情報提供することをお勧めします。

労災保険給付と損害賠償の関係

労災申請が認められた場合には,労働者本人や遺族は保険給付を受給することになりますが,セクハラやパワハラにより精神疾患に罹患したことにつき会社の落ち度(安全配慮義務違反,使用者責任)がある場合には,労働者は会社に対し損害賠償請求をすることもできます。

会社が損害賠償義務を負う場合でも,労働者本人や遺族に既に支払われた保険給付の金額分については,法律上,会社の賠償額から控除されます。そのため,会社に賠償請求されるのは,保険給付でカバーされない損害ということになりますが,慰謝料は労災保険の対象ではありませんので,精神疾患の後遺症が残った場合や,本人が自殺してしまった場合には高額の慰謝料請求を受ける可能性があります。

また,上記のとおり,保険給付の既払分については会社の賠償額から控除されますが,死亡事故や一定の重い後遺障害のケースでは,保険給付のうち,逸失利益に対する補償である遺族補償・障害補償が一時金ではなく年金で支給されます。そうすると,会社としては,損害賠償請求を受けた際,既払分だけでなく将来分についても控除を求めたいところですが,現在の最高裁の考え方によると,将来分の控除は認められません。この点,会社が賠償金を支払う場合,法律上,遺族補償年金・障害補償年金の前払一時金の最高限度額までは賠償金の支払いを猶予され,猶予されている間に年金が支払われた場合には,その限度で賠償責任を免れることができます。

セクハラやパワハラが原因で精神疾患に罹患したというケースでは,現行の基準によると,労災認定された場合の逸失利益に対する補償が年金で支給されるのは労働者が自殺した場合に限られ,後遺障害が認められるケースでは最も重い等級が認定された場合でも一時金で支給されることになります。そのため,労働者が自殺したケースでは,会社が賠償義務を負うことになった場合,上記の猶予の主張を必ずされるようお勧めします。

まとめ

パワハラやセクハラで精神疾患となった社員がいる場合には,損害賠償請求への対応だけでなく,労災申請された際にも事業主の証明や労基署の調査等に適切に対応できるよう気をつけたいところです。また,労災保険でカバーされる部分の賠償については,労働者や遺族が保険給付を受けることで会社は責任を免れることもできますが,被害の程度によっては示談で解決をすることで,裁判費用等も考慮した会社としての支払総額を低く抑えられるケースもあります。

このように,労災が問題となるケースについては,解決方針を立てる段階で高度に専門的な判断が必要な場合が多いため,なるべく早期に弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。

 

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