紛争対応・予防の基礎知識

紛争対応

パワハラやセクハラで労働組合と交渉する際の対処

別稿「裁判外のハラスメント紛争解決手続」にて,パワハラやセクハラといったハラスメント被害を訴える社員が弁護士等に依頼をせず直接会社と対決する場合に想定される手続を解説しましたが,このような社員が,弁護士等に依頼をすることができず,かといって一人で手続をとることも難しいという場合に,労働組合を通して解決を図ることがあります。特に,多くの中小・ベンチャー企業では,会社毎の労働組合(企業別組合)が組織されていないため,被害を受けた社員が,ハラスメント紛争の解決のためにいわゆる合同労組(「○○ユニオン」という名称が多いです)に加入することもまれではありません。

そこで,本稿では,このように労働組合がハラスメント紛争の交渉を求めてきた場合,特に,合同労組へ対処する際の留意点を解説します。

そもそも労働組合と交渉する必要があるのか?

パワハラやセクハラの被害を受けた社員が合同労組に加入し,合同労組が交渉の窓口となった場合,多くのケースでは,「団体交渉申入書」等と題する書面が突然会社に届くことになり,これを初めて目にする会社にとってはかなり困惑することでしょう。それでは,このような書面をいきなり届けられた会社は,どのように対処しなければならないのでしょうか。

団体交渉応諾義務

法律上,使用者(会社)は,労働組合から団体交渉の申入れがあった場合には,これに応じなければならないものとされています。この会社が負う義務は,「団体交渉応諾義務」などと呼ばれています。

この点,労働組合から団体交渉の申入れがあった場合,それがどのような内容であっても交渉に応じなければならないとすると会社の負担があまりに重くなってしまいます。そこで,会社が団体交渉応諾義務を負うのは,一定の内容に限られており,その内容は「義務的交渉事項」などと呼ばれています。義務的交渉事項には,労働条件や地位・身分等労働者の経済的地位に関係するものが含まれ,パワハラやセクハラといったハラスメント紛争の解決もこれに当たります。

したがって,ハラスメント紛争の解決を求めて労働組合から交渉を申し入れられた場合,会社としては,まずは交渉に応じるという対処をする必要があります。

誠実交渉義務

また,会社としては,ただ単に団体交渉に応じれば対処として足りるものではなく,誠実に対応しなければならないものとされています。この義務は「誠実交渉義務」と呼ばれています。

誠実交渉義務の内容は,法律上の定義はないものの,裁判例(カール・ツァイス事件・東京地方裁判所平成元年9月22日判決)で次のように判示されています。

使用者は,自己の主張を相手方が理解し,納得することを目指して,誠意をもって団体交渉に当たらなければならず,労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり,必要な資料を提示するなどし,また,結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても,その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって,合意を求める労働組合の努力に対しては,右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。

要するに,会社としては,労働組合の要求に対して,ただ単に要求に応じるかどうかという結論を回答するにとどまらず,要求に応じられないとしても,その理由を根拠や資料を示して具体的に説明し,納得を得られるよう努力すべき義務を負っているということです。具体的にどのような対処をすべきかというのはケースバイケースですが,対案を提示しない,資料を一切提示しない,根拠を示さずに自己の主張に固執するといった対処は,誠実交渉義務違反となる可能性が高いでしょう。

義務に違反した場合のペナルティ

上記の団体交渉応諾義務,誠実交渉義務に違反すると,不当労働行為となり,労働組合は労働委員会に救済申立てをすることができます。これが認容されると,労働委員会から救済命令として,誠実に交渉せよ,等の命令を受けることになります。この命令に従わない場合には,会社は50万円以下の過料に処せられます。また,会社が救済命令に不服である場合には,裁判所に取消訴訟を提起することができますが,裁判所も救済命令を認めた場合においては,会社は,救済命令の不履行について,1年以下の禁固若しくは100万円以下の罰金という刑事罰を科されることになります。

このような救済命令のほかに,労働組合は,不法行為に基づく損害賠償請求をすることもできますので,会社としては,別途民事訴訟を提起されるというリスクも負うことになります。

上記のように,会社が訴えられるという法的な不利益に加え,特に合同労組が相手方となる場合には,インターネットで活動を広報している組合も少なくないことから,インターネットを通して会社の対応等が拡散され,風評被害を受けるという事実上の不利益も想定されます。

このように,法律上,事実上の不利益を考慮すると,会社としては,団体交渉応諾義務,誠実交渉義務に違反しないような対処をしたいところです。もっとも,会社が負うのは,誠実に交渉をするという義務であり,労働組合の要求に応じる義務ではありません。したがって,誠実に交渉し,会社・労働組合ともに主張を出し尽くしても解決に向けて進展しないという段階に至った場合には,対処として十分であり,会社から交渉を打ち切ることもできるとされています。

交渉の対処方法

企業別労働組合の場合

会社と労働組合との間に日頃から信頼関係があれば,労働組合が間に入ることで,被害者とされる社員に対するパワハラやセクハラに関する事情聴取や要望事項の確認がスムーズに進むことも期待できます。

具体的な交渉の進め方については労働組合との関係でケースバイケースですが,社員本人と直接交渉するよりもかえって解決が早まることも少なくないため,労働組合から交渉の申入れがあった場合には,会社としても解決に向けて積極的に対処するようにしましょう。

合同労組の場合

これに対し,合同労組については,信頼関係がないのが通常である上,組合毎に方針や体質等も異なるため,会社としても慎重に対処する必要があります。合同労組と交渉する際の一般的な留意点としては次のとおりです。

要求事項を明確にする

合同労組が会社に対し団体交渉の申入れをする際には,上記のとおり,団体交渉申入書等の書面が届きますが,この書面には,日時・場所等の他,要求事項が記載されているのが通常です。ただ,この要求事項が明確でないと,会社としても要求に応じられるかどうか,どのような対案を出せるのか,その根拠として何を提示すればよいのかといった検討をすることができず,充実した団体交渉を行うことができません。

特に,パワハラ・セクハラ等の事案では,被害者側の要望として,損害賠償の他にも,行為者の謝罪や配置の変更,再発防止の取組みといった事項が考えられますので,それぞれ会社側でも検討ができる程度に具体的に明示してもらうのが望ましいといえます。そこで,申入書記載の要求事項が不明確であれば,会社側から労働組合に対し,「質問書」等の書面を送付する等して,事前にこの点が具体的かつ明らかになるよう働きかけましょう。

この点,このような質問に労働組合が答えない場合には交渉を拒否できるかが問題となりますが,回答をしないこと自体は団体交渉を拒否する正当な理由とならないとする裁判例があります。とはいえ,組合側の要求事項が可能な限り明確になるよう,上記のような対処をしておくべきでしょう。

本人の意思確認をする

パワハラやセクハラの被害を受けたとする社員が交渉に出席する場合は問題ありませんが,出席しない場合には,事実関係や解決の意向について,書面により意思確認をするのが望ましいといえます。

また,団体交渉で双方が納得できる条件が折り合う場合には,「協定書」等と対する書面を労働組合との間で取り交わすことになり,本来は会社と組合が記名押印すれば足りるところですが,社員個人の意思を確認し,団体交渉とは別に訴訟を提起する等,紛争の蒸し返しを防ぐためにも,当事者として署名・押印を求めましょう。

まとめ

以上のとおり,パワハラやセクハラ等のハラスメント事案の解決のために労働組合が介入することがありますが,団体交渉を拒否すると不当労働行為となり,法律上・事実上の不利益がありますので,誠実かつ慎重な対処が求められます。交渉に入った後も,組合側の要求を鵜呑みにすることは全くありませんが,誠実交渉義務違反だと主張されないような対処をとりつつ手続を進める必要があります。なお,労働組合側は,労働法に精通した担当者が交渉の席に着くのが通常であるため,会社側としても,可能であれば弁護士等の専門家を同席させたいところです。

 

 

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