セクハラという言葉を耳にしたとき,まず被害者として思い浮かぶのは女性ではないでしょうか。実際,セクハラに関する裁判例のほとんどは女性が被害に遭ったケースであり,女性が被害者になる場合が圧倒的に多いといえます。それもあってか,男性も女性と同様にセクハラの被害者になりうるということについて,世間一般の理解が十分でないように思われます。男性に対するセクハラという考え方自体が十分に理解されないのであれば,これを防止しようという意識も醸成されないため,男性に対するセクハラの件数や被害の程度の改善は,女性に対するそれと比べて,鈍いものとならざるを得ないでしょう。
そこで,本稿では,男性に対するセクハラについて,男性が被害を訴えた珍しい裁判例も合わせて解説します。
男性に対するセクハラの法的な評価
別稿「セクハラの定義と法律的な責任」にて解説しているとおり,セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)の法的な定義は,「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」とされています。
これは,平成19年に改正・施行された「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下「均等法」といいます。)に規定されている事業主のセクハラ防止等の措置義務に関する条文(均等法第11条第1項)の一部です。上記改正前の均等法には,事業主のセクハラの配慮義務が規定されていましたが,セクハラの対象は女性労働者に限定されていました。これに対し,上記改正により,セクハラの対象が「労働者」とされ,男女を区別しない規定となり,男性もセクハラの被害者たりうることが法的にも明確になりました。
なぜ男性に対するセクハラは軽視されがちなのか?
それにもかかわらず,男性に対するセクハラが女性に対するそれよりも軽視されがちなのはなぜでしょうか。理由としては,次の事情が考えられます。
①被害件数が少ない
上記のとおり,女性が被害者のセクハラ事案に比べると,男性が被害者となる件数は圧倒的に少ないように思われます。筆者が行為者側(会社側),被害者側の代理人として関与した事件でも,いずれも被害者は女性でしたし,セクハラに関する裁判例でも,被害者が女性であるケースがほとんどです。
一般論として,セクハラの行為者は男性,被害者は女性,という強い傾向があるのは明らかですが,男性がセクハラの被害に遭った場合,これを相談・申告をしにくい職場環境や雰囲気は,程度の差こそあれどの職場にもあるのではないでしょうか。そのため,セクハラの被害に遭ってもこれが会社側に認知されたり,紛争に発展したりすることがないため,件数としてカウントされないという背景が,上記の傾向を助長していると考えられます。
このように,発生頻度に明確な差があることからすれば,経営者,人事部門担当者が,男性も被害者になる場合があることを理解していたとしても,まずは女性が被害者となるケースを念頭に置いて対策を講じようという方針をとるのも無理はないと思われます。法律と同様に,会社内の就業規則や服務規律等のセクハラ防止に関する規定上は男女の差が設けられることはまずないと思われますが,現場での運用のレベルで差が生じてくるということは十分予想されますので,注意が必要といえます。
②セクハラ当事者に関する偏見・固定観念
前記①のとおり,セクハラは男性が加害者,女性が被害者という傾向が強くありますが,これにより,「男性が受けるセクハラ被害などどうということはない」「男のくせに何を言っているのか」等という偏見や固定観念が根強く浸透していると考えられます。このような考え方自体がセクハラと評価されかねないものですが,セクハラに関するリテラシーの低い人ほど,このような考え方をもっているように思われます。
このような偏見・固定観念をもつ人が多い職場ほど,男性に対するセクハラが生じやすいといえますが,次のとおり,どのような行為が男性に対するセクハラとなりうるのか,具体例を解説します。次のような行為が会社で行われていれば要注意です。
男性に対するセクハラの具体例
・女性の上司が男性の部下を食事やデートに執拗に誘う
当事者の男性と女性が逆になればセクハラに該当するのは誰が見ても明らかです。被害者が男性であるというだけでセクハラに該当しないと考えるのは,上記のような偏見があるからといえるでしょう。
・彼女がいるか等,プライベートな事柄を執拗に尋ねる
これも,男女が逆だとセクハラに該当するというのは理解しやすいのではないでしょうか。
就活生がセクハラに遭うことが社会問題になっていますが,面接で男子学生が受けたセクハラで多いのがこのタイプだそうです。恋愛経験と仕事の能力に相関関係があるという俗説が,面接で恋愛経験を質問される背景となっているようですが,そのような質問が学生にとって苦痛となる可能性があるということを面接官としても理解すべきでしょう。職場における上司・部下の間,同僚間でも同様です。飲み会の席等では特に注意が必要といえます。
・男性労働者と同じ部屋で女性労働者が着替え等をする
本来であれば,男性がいない場所ですべきことを,男性の目をはばからずにしてしまうタイプのセクハラです。特に,女性労働者が多数派となる職場ではこのタイプのセクハラが生じやすいようです。着替えの他にも,恋人や夫との性生活に関する話題等を聞こえよがしにすることもこのタイプに当たります。悪気なくしてしまいがちなため,一層注意が必要といえるでしょう。
まとめ
以上のとおり,男性もセクハラの被害者となることについては,理屈の上では理解されていても,現場の運用のレベルで徹底されているかというと,不十分なところも多いといえます。一般にセクハラの被害は相談や申告がためらわれて泣き寝入りになることが多いですが,男性の被害者はその傾向がより強いといえます。そこで,女性労働者が多い職場のように,悪気はなくても男性に対するセクハラが起こりやすい職場では,今一度セクハラが発生していないか,見直されることをお勧めします。