紛争対応・予防の基礎知識

紛争対応

会社のパワハラやセクハラ加害者への請求(求償)

パワハラやセクハラの被害が発生した場合,加害者に対し適切な措置をとることが事業主の雇用管理上の義務となっていること,その一環として懲戒処分をする際には慎重に行うべきことについては,別稿「パワハラ等の加害者に対する懲戒処分は慎重に」にて解説しましたが,会社がパワハラ等の被害者から使用者責任に基づく損害賠償請求を受け,これを支払った場合には,加害者に対し,会社が負担した分を請求できる権利(被用者に対する求償権)を行使するかどうか検討することになります。

本稿では,パワハラ等の加害者に対する求償権の行使について解説します。

被用者に対する求償権とは

概要

パワハラ,セクハラ等のハラスメント行為が民法上の不法行為に該当する場合,加害者は個人として損害賠償責任を負います。また,このパワハラ・セクハラ行為が会社の事業の執行についてなされたときは,会社も使用者責任として,同様の損害賠償責任を負います。これにより会社が賠償金を支払った場合,会社は,加害者に対し,本来は加害者自ら賠償すべきところを会社が支払ったのだから,その分を返還しなさい,として,行為者に金銭の支払いを請求することができます。これが被用者に対する求償権です。パワハラ・セクハラの加害者は,会社が賠償金を支払うからといって,最終的に自分は何ら賠償責任を負わなくてよい,というわけではないのです。

賠償金の全額を求償できるか

それでは,会社は,パワハラ・セクハラの加害者に,支払った賠償金を全額返還させることができるのでしょうか。会社としては,本来加害者がまいた種なのだから,全額を支払ってもらいたいところです。しかしながら,会社は事業活動により利益を得ているのだから,事業活動により生じた損害も公平に分担しましょう,という考え方により,判例上,被用者に対する求償権は,信義則上相当と認められる限度で行使できるとされています。どの限度が相当と認められるかは事案毎の判断となりますが,使用者側,被用者側の様々な事情が考慮されています。

パワハラやセクハラの事案では,会社側の事情として,業務の内容,労働条件,パワハラやセクハラの予防としてどのような措置をとっていたか等が,加害者側の事情として,行為の態様(パワハラ,セクハラ等の種類,動機,言動の内容等)がポイントとなります。

パワハラのケースでは・・・

この点,パワハラのケースでは,様々な行為態様があり,また,パワハラ行為に及ぶ動機も様々です。会社のため,場合によっては被害者本人のために行き過ぎた行為に及んでしまったという場合と,いじめや嫌がらせ目的で行為に及んだ場合とを同列に論じることができないのは自明であり,求償できる範囲に差が出てくるのも当然のことといえます。会社としては,行為者に対して求償するかどうか,また,するとして,どの範囲まで請求するかを,事案毎に個別の事情を勘案して慎重に決定したいところです。

セクハラのケースでは・・・

これに対し,セクハラのケースでは,動機に斟酌する余地はありません。会社や被害者本人のためにセクハラ行為に及ぶということはおよそ考えられないからです。事案毎の判断となりますが,基本的には,全額を求償するという方針をとることになるでしょう。この点,セクハラに及んだ社員に対する求償権の行使が全額認められた裁判例もあります。

求償権行使の手続

求償権を行使するとして,どのような手続で加害者に請求し,回収を図るかが問題となります。まずは交渉からスタートし,加害者が応じなければ訴訟をするというのがセオリーですが,留意点としては次のとおりです。

交渉による解決で気をつけるべきこと

パワハラやセクハラ等の問題を起こし,会社から求償権の行使を受けるまでの事態となってしまったケースでは,加害者が既に退職していることも珍しくないでしょう。しかしながら,まだ会社に在職しているのであれば,交渉の機会を設けることも,双方納得のできる解決基準で合意することもより容易といえるため,積極的に交渉による解決を図るべきです。

この点,在職中の加害者から支払いを受ける際に注意したいのが,給料から天引きして回収する場合です。会社から,労働者の同意を得ずに一方的に相殺をすることは法律上許されず,労働者の自由意思に基づくと認めうる合理的な理由が客観的に存在すれば,合意による相殺が適法になるというのが判例の考え方です。そこで,給料から天引きして回収する場合には,行為者と示談書を取り交わす際に,パワハラやセクハラの事実や,会社が使用者責任に基づき被害者に対し賠償をしたことを認め,これを給料から天引きにより返済することを十分理解した旨明記する必要があります。

訴訟(裁判)による解決で気をつけるべきこと

加害者との交渉がうまくいかなかった場合には,訴訟により解決をするかどうか判断することになります。

この点,加害者に対する求償権は,上記のように全額認められない場合もありますが,仮に裁判で勝っても,加害者に十分な財産がなければ,裁判で負けた加害者が自ら支払いをしない場合に強制執行ができず,裁判にかけた弁護士費用その他のコストが無駄になってしまう可能性があることに注意が必要です。加害者が不動産のような執行のしやすい財産をもっていたり,転職先から安定して賃金を得ており,給与差押えの効果が期待できたりするのでなければ,訴訟までするかどうかは慎重に判断する必要があります。

上記セクハラの加害者に対する求償権の裁判例も,加害者から解雇無効を争う裁判が先行して起こされており,これに対する反訴というかたちで裁判上請求されたものです。このケースでも,加害者から訴えられなければ,会社側から積極的に裁判を起こしてまで求償を請求していなかったかもしれません。

まとめ

以上のとおり,パワハラやセクハラの加害者に対する求償権の行使は,回収の可能性まで考えると費用対効果の点で現実的でないことも少なくありません。しかしながら,特にセクハラの場合には会社が賠償金を支払うことにより,結果として加害者が逃げ得となってしまいます。そこで,モラル維持の観点からも,求償権は積極的に行使したいところですが,費用対効果を考え,まずは交渉を先行させ,解決が難しい場合には,裁判を起こすかどうかを検討することをお勧めします。

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