労働施策総合推進法による定義
パワーハラスメント(パワハラ)は今や日常用語になっています。ところが,法的には,長年にわたり,「パワハラ」とは何かという明確な定義がありませんでした。
令和元年6月,「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」,いわゆる労働施策総合推進法(パワハラ防止法ともいわれます。)が改正され,その中で,法律では初めて,パワハラが定義されました。同法第30条の2第1項は,
事業主は,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
として,事業主の雇用管理上の措置義務を定めておりますが,「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」の部分が,パワハラの定義とされています。
もっとも,この定義だけを見ても,パワハラとは何か,どのような行為が「パワハラ」に当たるのか,必ずしも明確に判断するのは難しいと思われます。そこで,パワハラ該当性の判断のために参考にしたいのが,厚労省がパワハラの予防・解決のために周知・啓発を目的として公表した提言です。この提言は,パワハラ関連の裁判等の実務にも少なからず影響を与えてきたものです。
本稿では,この提言について解説します。
円卓会議による提言
厚労省は,平成24年3月,「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」による「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言を公表しました。この提言は,パワハラの定義として,「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいうものとしています。
その上で,パワハラの行為類型(タイプ)として,次の6つに分類しています。
①暴行・傷害(身体的な攻撃)
②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)
⑤業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
①暴行・傷害(身体的な攻撃)について
殴る蹴る,たばこの火を押しつけるなどが典型ですが,筆者が扱った案件で,汚物を浴びせかけるという行為があり,これは暴行としてこの類型に分類されるでしょう。
一般に,パワハラは業務上の指示・注意・叱責との線引きが問題となることが少なくありませんが,この類型に該当する行為については,業務上の注意等として行われたとしても許されるものではなく,パワハラに当たります。
②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)について
「馬鹿野郎」,「給料泥棒」,「人間失格」など人格を否定するような言動がこれに当たります。提言でも,業務の遂行に必要な行為とは通常想定できないため,原則として業務の適正な範囲を超えるものとされています。
もっとも,文字の上では同じ言葉でも,当事者間の関係性や発言した状況等によってはパワハラとまではいえないこともあるでしょう。ひどい言葉であっても,字面だけでは一概に業務の適正な範囲を超えるかどうかが明らかとはならず,この点で①暴行・傷害よりもパワハラ該当性の判断が難しいといえます。
③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
いわゆる村八分にしたり,別室に隔離したりすることがこれに当たります。この類型も,提言では,業務の遂行に必要な行為とは通常想定できないため,原則として業務の適正な範囲を超え,パワハラに当たるものとされています。退職させたい社員専用の部署を作り,そこに異動させたという事案を扱ったことがありますが,この類型に当たるでしょう。
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)について
過大なノルマを課すことなどがこれに当たります。ただし,部下に一定のノルマを課すこと自体は当然認められることであり,何をもって「過大」とするかは難しい問題です。
提言でも,部下にノルマや目標の達成を要求することは,業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があるとされており,業種や企業文化,行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される旨指摘されています。
この類型のパワハラ該当性は,上記②,③よりもさらに難しいといえます。
⑤業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)について
職歴や能力に比して不相当なポジションに降格させたり,プロジェクトから外したりするに当たり,合理的な理由がない場合がこれに当たります。
ただし,企業の人事の問題とも関係するため,「業務上の合理性なく」といえるかが問題となります。
提言でも,上記④と同様に,業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でないとされており,この類型のパワハラ該当性も難しい問題といえます。
⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
男女問題や金銭問題など,部下の私的な領域に属する事項について過度の指導などをすることがこれに当たります。
ただし,私的な領域に属する事項であっても,仕事の内容との関係や,問題の程度によっては業務上の指導が適正であると認められることは十分あり得るため,この類型もパワハラに該当するかどうかは判断が難しいといえます。
提言でも,上記④と同様に,業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない旨指摘されています。
まとめ
パワハラの定義だけでは,どのような行為がパワハラに当たるのかが必ずしも明確とはいえません。そこで,行為を類型化することは,パワハラ該当性の判断に大いに役立ちます。ただし,これらの類型はパワハラに当たる行為を網羅しているわけではなく,いずれにも分類できない行為であっても,パワハラに該当する場合があることには注意が必要です。また,上記②から⑥までについては,パワハラに該当するかどうかの判断に個別の事情を考慮しなければならず,類似の事例を参考にすることも有益といえます。