紛争対応・予防の基礎知識

紛争対応

被害者の素因や過失相殺による賠償額減額の主張

別稿「パワハラ等の加害者や会社のNGな反論と対応」にて,パワハラやセクハラの加害者の言い分が有効な反論とならなかったり,慰謝料の増額要素となってしまったりするおそれがある場合について解説しました。本稿では,上記別稿の場合とは異なり,パワハラやセクハラといったハラスメント行為の有無・態様に争いがないケースにおいて,主張することで賠償金額が減額される可能性のある事情を裁判例とともに解説します。

被害者の心因的素因・損害拡大防止義務

被害者がうつ病等の精神疾患に罹患したり,自殺してしまったりした場合には,会社は多額の損害賠償を受けることになるのが通常です。このような場合,精神疾患や自殺といった結果がハラスメントだけでなく,被害者側の事情(本人の気質や既往症,会社の業務とは関係のないプライベートな事情によるストレス等)も原因となっていると認められる場合には,その度合いに応じた割合で賠償額が減額されることになります。

この点,最高裁は,「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り・・・裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできない」との判断をしています(電通事件・最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)。これはいわゆる過労自殺の事案ですが,会社の業務に関連するストレスが自殺や精神疾患の原因となるという点で,パワハラ等のハラスメント事案にも当てはまるものと思われます。

そうすると,パワハラ行為やセクハラ行為の存在・態様に争いがないケースにおいて,労働者の性格や気質といった事情により賠償額が減る場合はかなり限定されそうです。これに対し,労働者の性格や気質といった事情の他に,労働者の親族に,自殺を防止するための措置を採るべき義務が認められるよう場合には,大幅に賠償額が減額された下級審の裁判例が複数あります。以下紹介する裁判例もその一環です。うつ病等の精神疾患や自殺の事案では,請求される賠償額が高額となることが多い分,会社にとって,割合的な減額が認められるメリットは大きいといえます。そこで,減額が認められた裁判例を参考に,被害者側の事情を理由とする減額の主張が可能かどうか,是非とも検討したいところです。

裁判例

Y市に採用されたAが,上司Bからパワハラを受け自殺したとして,Aの両親であるXらが,Y市に対し,損害賠償を請求したという事案です。Aは,パワハラを受けた職場(本件センター)に赴任する前の年,うつ病に罹患し,90日間休職していました。

本判決は,パワハラの事実を認め,これによりAが自殺したこと及び自殺による損害を認めましたが,次のとおり判示して,賠償額を8割減額するのが相当と判断しました(さいたま市環境局職員事件・さいたま地裁平成27年11月18日判決)。

Aには本件既往症があり,Aが自殺する前年である平成22年の6月から8月にかけて90日間も休職したことからすれば,Aが,本件既往症を増悪させ,自殺するに至ったことについては,Aの本件既往症が重大な要因となっていることは明らかである。

また,原告らは,Aの両親であり,Aと同居していたのであるから,Aに本件既往症があり,上記のとおり長期間にわたって休職をしたことを認識していた上,Bから,暴力を受けあざができるなどのパワハラを受けていたことなどを聞かされていたと認められること,遅くともAが借家から退去して実家に戻った平成23年11月5日以降は,Aの精神状況が悪化していることを認識し,又は認識し得たはずであること,Aは,原告ら宅において自殺したところ,その際,「もう嫌だ。」と叫んで,自宅の2階へ駆け上がるなど異常な精神状態にあったことがうかがえることなどに照らせば,原告らは,Aと身分上又は生活上いったい関係にある者として,Aの病状を正確に把握した上で,本件センターのC(※本件センター長)やD医師らと連携して,Aを休職させるなどして,適切な医療を受けさせるよう働き掛けをしたり,Aの自殺を防ぐために必要な措置を採るべきであったということができる。

以上によれば,過失相殺又は過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用により,A及び原告らに生じた損害の8割を減ずるのが相当である。”

※括弧内は筆者が記載

このように,上記裁判例では,Aにうつ病の既往症があったことに加え,両親がAと同居しており,Aの精神状態が悪化していたことを認識する可能性があったこと等から,Aの自殺を防ぐために必要な措置を採るべきであったにもかかわらず,これが採られなかったという事情により,賠償額が大幅に減額されました。

被害者側に落ち度があった場合

パワハラやセクハラといったハラスメント行為による被害があった場合でも,被害者側にも落ち度がある場合には,その度合いに応じて過失相殺により損害額が減額される可能性があります。ただし,別稿「パワハラ等の加害者や会社のNGな反論と対応」でも解説したとおり,パワハラやセクハラは,職場内の上下関係で上位の者が加害者になるのが通常であることから,被害者としては,明確に拒絶する等の措置を採るのは困難であるのが通常です。そうであれば,被害者側に落ち度があったとする主張は有効でないことの方が多いといえるでしょう。このような主張が認められるのは,被害者が加害者との関係で,被害を抑える措置をとることが可能であり,またそうすべきであったにもかかわらず,被害を助長してしまったというような,極めて限定された事案に限られると思われます。

次の裁判例は,セクハラの事案で被害者側の落ち度を認めて過失相殺により損害額が減額された珍しいケースです。

裁判例

保険会社であるY1社の保険外交員であった原告X1~X7が,Y1社のA営業所の忘年会で,A営業所所長であったY2,営業所組織長であったY3,B支社副社長であったY4から,抱きつく,肩を抱き寄せる,足で体を挟む,首を絞める,無理に写真を撮られる等のセクハラを受けたとして,Y1~Y4らに損害賠償を請求したという事案です。

本件では,上記セクハラとされる行為があったことに争いはないものの,Yらは,これらの行為は宴会を盛り上げるためであり,また,Xらも率先して騒いでいたことから,①不法行為に当たらない,また,②当たるとしても過失相殺されるべきと反論しました。

本判決は,上記Y2らの行為が暴力行為及び性的嫌がらせ行為であり,Xらの身体的自由,性的自由及び人格権を侵害するものとして不法行為に当たる旨判断し,上記①の反論を退けました。これに対し,上記②の反論については,次のとおり判示して,Xらの責任割合を2割と認定し,その限度で賠償額を減額するのが相当と判断しました(広島セクハラ(生命保険会社)事件・広島地裁平成19年3月13日判決)。

原告らの多くは,本件忘年会当時かなりの人生経験を経た中高年に達する者であったことからすれば,被告ら3名の行き過ぎた行動を諫めるべきであったといえる。ところが,原告らは,本件忘年会において,被告ら3名の上記行為を特に咎めることなく,むしろ嬌声を上げて騒ぎ立て,原告X7及び原告X3においては被告Y2を押し倒すなどしたことが認められ(乙アの各写真からこれらの点は明らかである。),このような原告らの態度が被告ら3名の感情を高ぶらせ,セクハラ行為を煽る結果となったことは容易に推認される。したがって,原告らにも上記の点で落ち度があったといえるから,原告らの損害については過失相殺の法理を類推適用するのが相当である。

そして,上記のような原告らと被告ら3名の過失内容に加えて,原告らが被告ら3名に同調し騒ぎ立てたのは,宴会の雰囲気を壊してはならないという思いや上司にあたる被告3名への遠慮からであったという側面も否定できないことを併せ考慮すると,被告ら3名の責任は原告らのそれと比してはるかに重いといえるから,原告らの責任割合を2割と認め(行為が集団的なものであることから,この責任は原告ら全体が負うものというべきである。),この限度で損害を減じるのが相当である。

このように,上記裁判例では,XらがY1らの行為を咎めず,むしろ嬌声を上げて騒ぎ立てたこと等したことがセクハラ行為を煽る結果となったという事情が被害者側の落ち度と認められましたが,それも上司にあたるXらへの遠慮からという側面もあったことから,減額割合は2割に留まりました。この減額割合の判断には,ハラスメント事案において,立場の強い上司に対して拒絶等をするのは難しいという考えが反映されたものと思われます。ハラスメント事案には,このような考えが一般的に妥当するため,被害者側の落ち度が認められる場合でも,減額割合が5割を超えるということはほとんどないように思われます。

まとめ

以上のとおり,被害者側の事情による損害額の減額が認められる場合はそれほど多くないですが,賠償額が大幅に減額される可能性もあるため,和解による解決の交渉材料とするためにも,積極的に主張していきたいところです。ただし,減額のための事実の主張・立証責任は会社側が負うことになるため,事実関係の把握,証拠の検討,裁判での主張も含め,弁護士等に早めに相談して方針を決めることをお勧めします。

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